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忍者土産専門店 伊賀の京丸屋

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京丸屋のルーツを辿るvol.1

2024-05-26 02:41:19

伊賀の京丸屋という屋号でスタートしたこのお店ですが、そもそもなぜこの名前をつけたかと言いますと、岐阜県羽島市にある実家の屋号が「京丸屋」という屋号だったという理由からに他なりません。
親の代で「京丸屋」はなくなる予定でしたが、幼い頃から親しみのある屋号がなくなるとなると寂しく感じ、伊賀にある京丸屋として伊賀の京丸屋と名付け、「京丸屋」を勝手に引き継ぎました。

実家は化粧品店を営んでおりますが、元々は小間物屋と言って、櫛・笄(こうがい)・簪(かんざし)などの髪飾りや白粉・紅などの化粧品をはじめ、塗り物の器や箱物、眼鏡、刃物、袋物、煙草入れ、根付など、こまごまとした日用品を商っていたようです。(千葉県立博物館HPから引用 )

そもそも、この「京丸屋」という屋号がいつからあり、誰がつけたのかは不明です。
というのも、実家の京丸屋は本店から独立した曽祖父が作った京丸屋の分店で、明確な創業タイミングは不明ですが、大正時代からスタートしていたということは聞いておりました。

「京丸屋」はいつ誰が?
この好奇心がついに止まらず、「京丸屋」のルーツを探しに、岐阜羽島へ行きました。

京丸屋の本店はすでになく、また大正時代以前のことを聞ける人はアテがなく、とりあえず両家が昔からお世話になっているお寺と図書館へ行ってみることにしました。
お寺では濃尾震災(1891年 明治24年)で過去帳を失っている可能性が大きいが調べてくださるということでした。
図書館では偶然母の知り合いがおり、明治時代の地図を見せて頂きました。

今の実家あたりに、淺野という名前がありますが、淺野という苗字が多い地域ですので、確かな情報ではありませんでしたが有力な情報でした。
お寺の過去帳があれば照会できますので、これは保留としておきました。

図書館で「羽島市歴史民俗資料館ならば何か手がかりがあるのでは」とアドバイスを頂き、いざ羽島市歴史民俗資料館へ。
そこでとんでもないものが見つかりました。

羽島市歴史民俗資料館は、羽島市の歴史や民俗芸能に触れることができる歴史民俗資料館と、公立としては大変珍しい映画資料館が併設されています。(岐阜の旅ガイドより引用)
他界した父が商店街のことや地域のことを様々やってくれていたお陰で、どこに行っても「京丸屋」の名前が伝わり、スムーズに話ができました。
しかし、ピンポイントで京丸屋に繋がる情報はありませんでした。

諦めて帰ろうとしていた時、「そういえば引札で見たような…」と、過去の資料を調べてくださいました。
しばらくして「これ!」と出してくださった資料に驚きました。

その資料は明治時代の3枚の浮世絵。なんと、京丸屋本店の文字がありました!
この浮世絵が引札というものだそうです。

引き札とは、江戸、明治、大正時代にかけて、商店、問屋、仲買、製造販売元などの宣伝のために作られた広告チラシである。広告の歴史資料としてだけでなく、独特の色合いと大胆な図柄から美術品としての価値もある印刷物として蒐集の対象ともなり、各地の博物館に所蔵されるほか、展覧会も開かれているそうです。(ウィキペディア)
つまり、羽島の文化財になっていました。

字をよく見ると、萬染物処(最後の漢字が初見ですが)と書いてあります。
つまり、小間物屋以前が染物屋だった可能性が浮上してきました。
これは驚きです。

そして何より驚いたのは、この絵の雰囲気と漢字の組み合わせが「伊賀の京丸屋」の世界観と全く同じだったことです。
私が最近描いたと発表しても誰も驚かないと思います。
これが明治時代に存在して、今は資料館に保管されているというのは、少し鳥肌が立ちました。

もちろん、私自身はこの引札の存在などは知らず今まで生きてきました。
何かに導かれているのか何なのでしょうか。

京丸屋のルーツを探す旅はまた進捗があればこちらで報告致します。
乞うご期待ください。

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